何というか質問してる東京新聞の記者があまりにもイタイ…( ´ー`)y-~~
◇社会学者大澤真幸さん Q ナショナリズムとどう向き合う?
北京五輪の聖火リレー騒動はチベット問題もさることながら、中国のナショナリズムの高まりを感じさせました。日本のネット右翼の動きも気になります。政治はナショナリズムとどう向き合っていくべきか。社会学者の大澤真幸さんと一緒に考えてみました。記者・清水 孝幸
清水 まずナショナリズムって何でしょうか。国家主義とか民族主義とか訳されますが。
大澤 誰でも自分が生まれ、育ったところに愛着を持ったりします。ナショナリズムはそんな郷土愛とは違います。
日本人だって一億人以上いますよね。個々の日本人は互いに知らず、生涯会うこともない。ほとんど知らないような同胞のために、時には命を投げ出すような極端に強い帰属意識を持つのがナショナリズムの特徴です。
清水 ナショナリズムは強まっていますか。
大澤 経済も情報も人の移動も、国境がそれほど問題にならなくなって、多くの識者がナショナリズムは風前のともしびだと思っていました。でも、現実は弱まるどころか、民族的で過激な「現代のナショナリズム」が勢いを増しています。僕はナショナリズムの季節外れの嵐と呼んでいます。
グローバリゼーション(世界の一体化)で客観的に均質化は進んでいるのに、主観的な違いに敏感になって、気になりだすと、もう耐えられない。それが現代のナショナリズムです。
清水 どんな特徴がありますか。
大澤 かつての「古典的なナショナリズム」は、村とか藩とか、比較的狭い範囲の共同体に帰属意識を持っていた人が、日本という大きくて抽象的な共同体に所属しているんだと考えるようになることでした。
これに対し、現代のナショナリズムは国家という大きな単位から、より小さな民族という単位へ帰属意識が変わる。向かっている方向がまったく逆です。
清水 旧ユーゴのコソボ独立は典型ですね。日本でもナショナリズムは強まっていますか。
大澤 そう思います。でも、ものすごく強いかというと、そこは微妙です。意識調査によると、日本人の日本への自信は一九八〇年代の初頭をピークに下がっています。若い人ほど自信を喪失し、若者の間にナショナリズムが強いとは証明できません。ネットなんかで見られる右翼的な傾向は、古典的なナショナリズムとは違う屈折したナショナリズムです。
彼らはネーション(国家)が好きという以上に左翼嫌いが強い。左翼は人権とか世界平和とか普遍的な理念を前面に出しますよね。そういうものに説得力のあった時代もありましたが、今の若者には欺瞞(ぎまん)的に見え、それへの反発がナショナリズムとして現れるのです。
清水 小泉純一郎元首相の靖国神社参拝や、安倍晋三前首相の愛国心路線が煽(あお)ったのでは。
大澤 煽っただけで好きなようになるんだったら、政治なんて楽なもんですよ。それでうまくいくなら、福田(康夫首相)さんも頑張れよって感じ。小泉さんの時は、中国や韓国を含めてアジアの連帯とか、そういう優等生的な発言への反発が強い時期でした。そうした風潮に小泉さんが便乗したとは思いますが。
清水 政治に責任はないですか。
大澤 政治が無力化しているのが問題です。政治は、われわれの共同体がどういうものであるべきか決めるものじゃないですか。それなのに、僕たちには、ちまちました選択肢しかありません。あるのはガソリン税がいいか悪いか。政治的というより、行政的な選択ですよ。政治が空洞化している虚(むな)しさの中で、そうした空気を埋めるのがナショナリズムです。
清水 強まるナショナリズム、政治不信、格差拡大…。戦前の暗い時代の状況と重なります。
大澤 ある種のムードとか雰囲気が似ているのは確か。ただ、物質的、経済的な環境は違いますから、すぐファシズムが出てくるという感じはしません。自分たちが政治の中に代表されていないという疎外感がバネになって、そういう感覚を一手に引き受けるカリスマが現れた時が危険です。
清水 克服するには。
大澤 かつては経済も社会も国家の単位で動いていて、それにふさわしい国民的なシンボルやライフスタイルがありました。いま、グローバル化にふさわしい文化的なシンボルはありません。
人類は今世紀の序盤でグローバリゼーションに対応する文化的なシンボルを見いだすことができるか。ナショナリズムを克服する鍵になります。政治もちまちましてないで、社会の新たなグランドデザインを考え、示すことが大事です。
おおさわ・まさち 1958年長野県生まれ。東京大大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。千葉大助教授などを経て、2007年から京都大大学院人間・環境学研究科教授。オウム真理教や9・11テロ後の世界など現代の諸問題を研究。著書に「ナショナリズムの由来」「不可能性の時代」「<自由>の条件」など。
ソース・東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/sokkyo/news/200805/CK2008051302010820.html
この大澤という先生の言ってる内容には納得させられる部分もある。
すなわち、
彼らはネーション(国家)が好きという以上に左翼嫌いが強い。左翼は人権とか世界平和とか普遍的な理念を前面に出しますよね。そういうものに説得力のあった時代もありましたが、今の若者には欺瞞(ぎまん)的に見え、それへの反発がナショナリズムとして現れるのです。
ま、そういう側面もあるわな。
もっと言うと、「人権とか世界平和とか普遍的な理念」に対する反発っていうより、こういう「もっともらしいこと」を大上段に言うのは勝手だけど、それが往々にして自分達に都合のいいときに限定されるってことへの反発なんだよね。(普段は「人権!平和!」とデカい声出してるくせにチベットへの弾圧には声を上げないとか、米軍の艦隊が寄航したら大反対するくせに中国の軍艦が来ても知らんぷりとか…)
結局、その手の人達の行動や考え方の背景には「日本の国力を貶めよう」という目的があって、その目的のために「使える勢力」とは連携しちゃうという姿勢が胡散臭いと思っちゃうワケだ。そういう姿を見せられると「何だかなぁ…オメーらが偉そうな口叩くなよ!」と憤りを感じると言った方が正確かもしれない。
そして、ネットなどで様々な情報を得ることによって、左翼や左翼的メディアが垂れ流していた大嘘を知り愕然とする。→ますます左翼や左翼的メディアが伝えることを信じなくなる。→そういう人達が増えているにもかかわらず、相も変わらず「権力批判=正義」と勘違いして、同じような論調で「しょうもない」ことを言い続ける。→そのいい加減さに呆れもっと頭にくる→(以下無限ループの繰り返し) ということかな…。
それにしても、質問してる清水孝幸っちゅう記者が何ともいえない「いい味」出していますね…
こんなブログ書いてる私などは、清水記者から見れば「立派なネット右翼」と認定されてしまうんでしょうが、残念ながら当人(私)は「このネット右翼が!」と言われても全然ピンとこないんだよね。
世間で「ネット右翼」と言われてる人のうち、いったいどれだけの人が「そう、オレってネット右翼なんだよね」という自覚があるのかかなり疑わしい。(個人的には「ネット右翼」と言い切れるような人とはあんまり親しくなりたくもないんだけど…)
私の場合もそうだが、そもそも自分の考え方のスタンスが右翼か左翼なんていう意識も普段は全然ない人の方が多数なんじゃなかろうか。たまたま自分が思ってることをブログやネット掲示板で言うと、こういうオッチャン記者(オッチャンじゃないかもしれないが…)から見ると「右翼!こいつネット右翼!」と思うだけなんじゃないのかな。
こういう単純なレッテル貼りの手法といい、「戦前の暗い時代の状況と重なります」という「いかにも」的な発言(類似例=軍靴の音が聞こえる)といい、手法も思考回路も古すぎる!おそらく、実際に結構お年を召した方ではないかと推察します。(20代や30代でこんなコトを大マジメに書いてたら救いようがないもんね…)
清水孝幸というキーワードで検索したら、やたらこういう「この人に聞く」的な記事がヒットする。東京新聞の読者じゃないのでよくわからないが、ひょっとすると連載的なコラムなのかな?
それにしても、自分の主張(今回の場合は「ナショナリズムの高まり=ネット右翼けしからん=戦前回帰=危険」という流れ)を裏付けてくれそうな学者の先生を呼んできて質問したまではよかったけど、この記者の思ったような答えは先生からはなかなか返ってこないという悲しい現実がなかなか素敵です。
こんな仕事で給料貰えるんだから、東京新聞はいい新聞社ですな…
ま、せいぜいこれからもこういうボケをかましまくってこの記者さんが言うネット右翼ども(しつこいようだが自覚はない…)にネタを提供してくださいなと。
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もう僕なんかは、自分で「ネトウヨ」と名乗っちゃってますからw
しかも、前に自分のブログで、朝鮮日報やらエンコリのスレにツッコミを入れていたら、コメントに「貴方は差別的で」「悲しい人ですね。」と書かれたので、「悲しいネトウヨ」ですw
実は結構、左っぽいし、お花畑なところもあるんですけどねぇ。
しかも、前に自分のブログで、朝鮮日報やらエンコリのスレにツッコミを入れていたら、コメントに「貴方は差別的で」「悲しい人ですね。」と書かれたので、「悲しいネトウヨ」ですw
実は結構、左っぽいし、お花畑なところもあるんですけどねぇ。
2008-05-13 火 21:46:50 |
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しょんぼり左衛門 #- [ 編集]
こんにちは。どんな国でも、国の将来は若者達のものであり、若者がつくっていきます。それは、中国も同じことだと思います。現在中国ではいわゆる若者世代を80後世代として論じています。日本や台湾でもそのような扱いをしています。しかし、私は世代だけで分類して、若者層をひとつにくくるのは間違いだと思います。特に、中国内外各地で赤い旗を振って暴れた若者がすべてだと思うのは、完全な間違いだと思います。このような若者は、中国の同世代の若者でも、憤青(フンチン)と呼び忌み嫌う人もいます。世代に共通の特徴とは別にいくつかの層で分類する必要があります。そうしなければ、これから政治上の問題でも、貿易でも、中国での事業展開でも正しい認識をもって実行できないと思います。私のブログでは、この80後世代を三つに分類してみました。私は、中国80後世代について、これからの中国の将来を占うために着目しています。これからも、着目し続けていきます。是非ご覧になってください。




