こんな駄ブログでも毎日見に来ていただいていた方に対してまずお詫びを…更新サボリまくりでスイマセン。
ブログを書き始めて旧ブログから通算すると1年半以上経過しましたが、こんなにお休みするのははじめてです。
最近、色々と忙しかったんですが、「さぁ、今日は久々にいっちょ書くか!」と気合を入れた途端に急用が入ったりして…今日からまた「ボチっと」更新していくつもりですのでおつきあいのほどよろしくお願いします。
ということで、どうしても書かずにはいられないこのニュースから…
以前も書いたが、私は死刑廃止論者ではない。
被害者の遺族である本村さんが言うように「人間には死をもって償わなければいけない罪を犯すこともある」ものだと思う。
そういう意味で、死刑廃止運動家そのものである弁護団が繰り広げたふざけた主張の数々を「荒唐無稽」と断じた広島高裁の判断は正しいと思っている。
でも、朝日新聞社の見識はどうやらこの判決がお気に召さないのか、なんか迷走気味なんですね。
まずは、判決後の記者会見で本村さんに対して、朝日の女性記者が以下のような質問を浴びせております。
※「ぼやきくっくり様」のテキスト起こしを引用させていただきました。
女性記者
「朝日新聞です。今回の少年は18歳と1カ月で、前科もなく、あと2人の殺害ということで、これが死刑判決になると、今後、まあ、こういった厳しい量刑が続くと思います。ハードルが、死刑に対するハードルが下がることについてどう思われますか?」
本村洋
「そもそもですね、死刑に対するハードルっていう考え方がおかしい。日本の法律は1人でも人を殺めたら死刑を科すことができます。それは法律ではない、勝手に作った司法の慣例です。で、今回の裁判所の判断で最も尊ぶべきはですね、過去の判例にとらわれず、個別の事案をきちっと審査して、それが死刑に値するかどうかということを的確に判断したことです。今までの裁判であれば、今ご質問にあったように、18歳と30日、死者が2名、無期で決まり、それに合わせて判決文を書いていくこと、当たり前だったと思います。そこを今回、乗り越えたことが、非常に重要でありますし、裁判員制度を前にですね、こういった画期的な判決が出たことは、意義があるっていうことだと思いますし、もっと言えば過去の判例にとらわれず、それぞれ個別の事案を審査して、その世情に合った判決を出すっていう風土がですね、日本の司法に生まれることを僕は切望します」
フツー被害者遺族にこういうことを聞くか?
この記者の心情として、「日本の死刑制度は人権上廃止すべき」というものが根底にあるのかわからんが、「死刑に対するハードルが下がる」などという発言を聞くと、まるで本村さんが「ハードルを下げた張本人」とでも言いたいのか?
何より不快なのはこういう「死刑に対するハードルが下がる」というような物言いは、それこそ司法制度や人権をないがしろにしているように聞こえてくるぞ。
こんなアホみたいな質問にもキレずに真摯かつ正直に心情を語る本村さんはそれにしてもエライ!と思うのである。
Youtubeの動画は削除されていたので、会見の詳細は以下の毎日新聞のサイトをご覧ください。
【本村洋さん会見詳細】<1>「裁判所の見解は極めて真っ当」
【本村洋さん会見詳細】<2>「どこかで覚悟していたのではないか」
【本村洋さん会見詳細】<3止>被告の反省文は「生涯開封しない」
続いて、今日の朝日の社説である。
◇母子殺害死刑―あなたが裁判員だったら
勤め先から帰宅した本村洋さんは、押し入れの中で変わり果てた姿の妻を見つけた。生後11カ月の娘は天袋から遺体で見つかった。
9年前、山口県光市で起きた母子殺害事件で、逮捕されたのは同じ団地に住む18歳になったばかりの少年だった。母親を殺害後に強姦(ごうかん)し、泣く幼子の首をひもで絞めていた。
少年は広島高裁でのやり直し裁判で死刑を言い渡された。無期懲役の一、二審判決に対し、最高裁が「特に酌むべき事情がない限り、死刑を選択するほかない」と審理を差し戻していたので、死刑は予想できたものだった。
被告・弁護側はただちに上告した。しかし、最高裁が差し戻した経過を考えれば、今回の死刑判決をくつがえすのはむずかしいだろう。
少年は父親の激しい暴力にさらされ、母親は自殺した。判決は「被告の人格や精神の未熟が犯行の背景にある」としながらも、「動機や犯行態様を考えると、死刑の選択を回避する事情があるとはいえない」と述べた。
この犯行のおぞましさや残虐さを見れば、死刑はやむをえないと思う人も少なくないだろう。
一方で、もとの一、二審は少年に更生の可能性があるとして、死刑を避けた。多くの事件を扱っているプロの裁判官の間で判断が分かれたのだ。それだけ難しい裁判だったといえる。
判断が難しい大きな理由は、少年が死刑を適用できる18歳になったばかりだったことに加え、被害者が過去の死刑事件よりも少ない2人だったことだろう。最高裁が83年に死刑を選択する基準を示してから、少年の死刑判決が確定したのは19歳ばかりであり、被害者は4人だった。
その意味では、少年犯罪にも厳罰化の流れが及んだと言えるだろう。
今回の事件が注目されたのは、本村さんが積極的にメディアに出て、遺族の立場を主張したことである。少年に死刑を求める、と繰り返した。
被害者や遺族が法廷で検察官の隣に座り、被告に質問したりできる「被害者参加制度」が今年から始まる。被害者や遺族の感情が判決に影響を与えることが多くなるかもしれない。
見逃せないのは、被告や弁護団を一方的に非難するテレビ番組が相次いだことだ。最高裁の審理の途中で弁護団が代わり、殺意や強姦目的だったことを否定したのがきっかけだった。こんな裁判の仕組みを軽視した番組づくりは、今回限りにしてもらいたい。
1年後に裁判員制度が始まる。市民がこうした死刑か無期懲役か難しい判断も迫られる。事件は千差万別で、最高裁の判断基準を当てはめれば、機械的に結論が出るわけではない。
自分なら、この事件をどう裁いただろうか。それを冷静に考えてみたい。
ソース・asahi.com
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
巧妙に裁判員制度とひっかけて突っ込まれないように気を遣って書いているようだが、文章のあちこちに自分達の主張(死刑廃止)が通らなかったことに対する恨み言が散りばめられているような気がしてしょうがない。
一番、興味深かったのがテレビへの八つ当たりともいえる以下のくだりだ。
「被告や弁護団を一方的に非難するテレビ番組が相次いだことだ。最高裁の審理の途中で弁護団が代わり、殺意や強姦目的だったことを否定したのがきっかけだった。こんな裁判の仕組みを軽視した番組づくりは、今回限りにしてもらいたい。」
ズイブンな物言いである。いったいお前は何様なんだ?
確かに、くだらんことを垂れ流しているテレビ番組もあるが、お前が偉そうに説教垂れる立場にあるのか?
「荒唐無稽」な主張を弁護団と被害者が繰り返したことによって、国民の大多数が「何言うてんねんコイツら!」と注目し、テレビ局もしょうがなく大きく取り上げただけのことである。
ことあるごとに「報道の自由」とか「国民の知る権利」とか言うクセに、自分達の主張に反する報道に対しては八つ当たりをしてしまう新聞社には、偉そうに説教垂れる資格などまったくないのだ。
お門違いの説教をかましてる暇があったら、記者の教育にも力を入れてもらいたいもんである。
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ブログを書き始めて旧ブログから通算すると1年半以上経過しましたが、こんなにお休みするのははじめてです。
最近、色々と忙しかったんですが、「さぁ、今日は久々にいっちょ書くか!」と気合を入れた途端に急用が入ったりして…今日からまた「ボチっと」更新していくつもりですのでおつきあいのほどよろしくお願いします。
ということで、どうしても書かずにはいられないこのニュースから…
以前も書いたが、私は死刑廃止論者ではない。
被害者の遺族である本村さんが言うように「人間には死をもって償わなければいけない罪を犯すこともある」ものだと思う。
そういう意味で、死刑廃止運動家そのものである弁護団が繰り広げたふざけた主張の数々を「荒唐無稽」と断じた広島高裁の判断は正しいと思っている。
でも、朝日新聞社の見識はどうやらこの判決がお気に召さないのか、なんか迷走気味なんですね。
まずは、判決後の記者会見で本村さんに対して、朝日の女性記者が以下のような質問を浴びせております。
※「ぼやきくっくり様」のテキスト起こしを引用させていただきました。
女性記者
「朝日新聞です。今回の少年は18歳と1カ月で、前科もなく、あと2人の殺害ということで、これが死刑判決になると、今後、まあ、こういった厳しい量刑が続くと思います。ハードルが、死刑に対するハードルが下がることについてどう思われますか?」
本村洋
「そもそもですね、死刑に対するハードルっていう考え方がおかしい。日本の法律は1人でも人を殺めたら死刑を科すことができます。それは法律ではない、勝手に作った司法の慣例です。で、今回の裁判所の判断で最も尊ぶべきはですね、過去の判例にとらわれず、個別の事案をきちっと審査して、それが死刑に値するかどうかということを的確に判断したことです。今までの裁判であれば、今ご質問にあったように、18歳と30日、死者が2名、無期で決まり、それに合わせて判決文を書いていくこと、当たり前だったと思います。そこを今回、乗り越えたことが、非常に重要でありますし、裁判員制度を前にですね、こういった画期的な判決が出たことは、意義があるっていうことだと思いますし、もっと言えば過去の判例にとらわれず、それぞれ個別の事案を審査して、その世情に合った判決を出すっていう風土がですね、日本の司法に生まれることを僕は切望します」
フツー被害者遺族にこういうことを聞くか?
この記者の心情として、「日本の死刑制度は人権上廃止すべき」というものが根底にあるのかわからんが、「死刑に対するハードルが下がる」などという発言を聞くと、まるで本村さんが「ハードルを下げた張本人」とでも言いたいのか?
何より不快なのはこういう「死刑に対するハードルが下がる」というような物言いは、それこそ司法制度や人権をないがしろにしているように聞こえてくるぞ。
こんなアホみたいな質問にもキレずに真摯かつ正直に心情を語る本村さんはそれにしてもエライ!と思うのである。
Youtubeの動画は削除されていたので、会見の詳細は以下の毎日新聞のサイトをご覧ください。
【本村洋さん会見詳細】<1>「裁判所の見解は極めて真っ当」
【本村洋さん会見詳細】<2>「どこかで覚悟していたのではないか」
【本村洋さん会見詳細】<3止>被告の反省文は「生涯開封しない」
続いて、今日の朝日の社説である。
◇母子殺害死刑―あなたが裁判員だったら
勤め先から帰宅した本村洋さんは、押し入れの中で変わり果てた姿の妻を見つけた。生後11カ月の娘は天袋から遺体で見つかった。
9年前、山口県光市で起きた母子殺害事件で、逮捕されたのは同じ団地に住む18歳になったばかりの少年だった。母親を殺害後に強姦(ごうかん)し、泣く幼子の首をひもで絞めていた。
少年は広島高裁でのやり直し裁判で死刑を言い渡された。無期懲役の一、二審判決に対し、最高裁が「特に酌むべき事情がない限り、死刑を選択するほかない」と審理を差し戻していたので、死刑は予想できたものだった。
被告・弁護側はただちに上告した。しかし、最高裁が差し戻した経過を考えれば、今回の死刑判決をくつがえすのはむずかしいだろう。
少年は父親の激しい暴力にさらされ、母親は自殺した。判決は「被告の人格や精神の未熟が犯行の背景にある」としながらも、「動機や犯行態様を考えると、死刑の選択を回避する事情があるとはいえない」と述べた。
この犯行のおぞましさや残虐さを見れば、死刑はやむをえないと思う人も少なくないだろう。
一方で、もとの一、二審は少年に更生の可能性があるとして、死刑を避けた。多くの事件を扱っているプロの裁判官の間で判断が分かれたのだ。それだけ難しい裁判だったといえる。
判断が難しい大きな理由は、少年が死刑を適用できる18歳になったばかりだったことに加え、被害者が過去の死刑事件よりも少ない2人だったことだろう。最高裁が83年に死刑を選択する基準を示してから、少年の死刑判決が確定したのは19歳ばかりであり、被害者は4人だった。
その意味では、少年犯罪にも厳罰化の流れが及んだと言えるだろう。
今回の事件が注目されたのは、本村さんが積極的にメディアに出て、遺族の立場を主張したことである。少年に死刑を求める、と繰り返した。
被害者や遺族が法廷で検察官の隣に座り、被告に質問したりできる「被害者参加制度」が今年から始まる。被害者や遺族の感情が判決に影響を与えることが多くなるかもしれない。
見逃せないのは、被告や弁護団を一方的に非難するテレビ番組が相次いだことだ。最高裁の審理の途中で弁護団が代わり、殺意や強姦目的だったことを否定したのがきっかけだった。こんな裁判の仕組みを軽視した番組づくりは、今回限りにしてもらいたい。
1年後に裁判員制度が始まる。市民がこうした死刑か無期懲役か難しい判断も迫られる。事件は千差万別で、最高裁の判断基準を当てはめれば、機械的に結論が出るわけではない。
自分なら、この事件をどう裁いただろうか。それを冷静に考えてみたい。
ソース・asahi.com
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
巧妙に裁判員制度とひっかけて突っ込まれないように気を遣って書いているようだが、文章のあちこちに自分達の主張(死刑廃止)が通らなかったことに対する恨み言が散りばめられているような気がしてしょうがない。
一番、興味深かったのがテレビへの八つ当たりともいえる以下のくだりだ。
「被告や弁護団を一方的に非難するテレビ番組が相次いだことだ。最高裁の審理の途中で弁護団が代わり、殺意や強姦目的だったことを否定したのがきっかけだった。こんな裁判の仕組みを軽視した番組づくりは、今回限りにしてもらいたい。」
ズイブンな物言いである。いったいお前は何様なんだ?
確かに、くだらんことを垂れ流しているテレビ番組もあるが、お前が偉そうに説教垂れる立場にあるのか?
「荒唐無稽」な主張を弁護団と被害者が繰り返したことによって、国民の大多数が「何言うてんねんコイツら!」と注目し、テレビ局もしょうがなく大きく取り上げただけのことである。
ことあるごとに「報道の自由」とか「国民の知る権利」とか言うクセに、自分達の主張に反する報道に対しては八つ当たりをしてしまう新聞社には、偉そうに説教垂れる資格などまったくないのだ。
お門違いの説教をかましてる暇があったら、記者の教育にも力を入れてもらいたいもんである。
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この件で朝日新聞に苦情の電話を入れました。
一視聴者として、一人の人間として、非常に不愉快だったので。
「法律家でもなんでもなく、犯罪被害者である本村氏に対して、御社の記者の質問内容や(死刑の)ハードルを下げた…という言葉選びは、非常に不愉快だし、犯罪被害者に対する何の配慮も感じない」という内容だったのですが、その際、対応した朝日新聞社の方は横柄な態度で
「本村さんは、犯罪被害者であると同時に、本も出しているし、様々なメディアで自分の意見を言っている、そういう活動をしているのだから、記者の質問はそういう人に対しての質問として何が悪いのか」といった返事でした。
つまり、本村さんはただの犯罪被害者では無いという事を言うのです。
重ねて私が「御社がそういう意見の会社なのだという事は判りました。ですが、取材時のルール(社名・氏名を名乗って質問する)も守らず、あたかも「本村さんのせいで」と言わんばかりの質問をするのは、ルールを守って質問している他社さんに対しても、卑怯ですよね? 不適切な質問はしていないというならば、取材時のルールに則って、名を名乗り、質問するべきではないですか?」
と言うと、それについては編集部に伝えておきます。と言われました。
苦情の電話を入れて、更に朝日新聞の対応に不快な思いをいたしました
一視聴者として、一人の人間として、非常に不愉快だったので。
「法律家でもなんでもなく、犯罪被害者である本村氏に対して、御社の記者の質問内容や(死刑の)ハードルを下げた…という言葉選びは、非常に不愉快だし、犯罪被害者に対する何の配慮も感じない」という内容だったのですが、その際、対応した朝日新聞社の方は横柄な態度で
「本村さんは、犯罪被害者であると同時に、本も出しているし、様々なメディアで自分の意見を言っている、そういう活動をしているのだから、記者の質問はそういう人に対しての質問として何が悪いのか」といった返事でした。
つまり、本村さんはただの犯罪被害者では無いという事を言うのです。
重ねて私が「御社がそういう意見の会社なのだという事は判りました。ですが、取材時のルール(社名・氏名を名乗って質問する)も守らず、あたかも「本村さんのせいで」と言わんばかりの質問をするのは、ルールを守って質問している他社さんに対しても、卑怯ですよね? 不適切な質問はしていないというならば、取材時のルールに則って、名を名乗り、質問するべきではないですか?」
と言うと、それについては編集部に伝えておきます。と言われました。
苦情の電話を入れて、更に朝日新聞の対応に不快な思いをいたしました
2008-04-23 水 15:56:58 |
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#- [ 編集]
何だか、「加害者」を「被害者」にスリ替える技法が中・韓に似てますねぇw
2008-04-23 水 17:05:11 |
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しょんぼり左衛門 #- [ 編集]
あっ、あと更新は無理なさらずに。
こういうのは、長く続けることが大事だと思いますんで、一瞬の線香花火よりは、ズブズブと燃え続ける蚊取り線香の方向で!w
こういうのは、長く続けることが大事だと思いますんで、一瞬の線香花火よりは、ズブズブと燃え続ける蚊取り線香の方向で!w
2008-04-23 水 17:13:07 |
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しょんぼり左衛門 #- [ 編集]
>苦情の電話を入れて、更に朝日新聞の対応に不快な思いをいたしました
苦情の電話ご苦労さまです。しかし朝日の対応はらしいと言えばらしいですね…
しょんぼり左衛門さんコメントありがとうございます♪
>一瞬の線香花火よりは、ズブズブと燃え続ける蚊取り線香の方向で!
その方向で無理せずボチっとやっていこうと思います!
苦情の電話ご苦労さまです。しかし朝日の対応はらしいと言えばらしいですね…
しょんぼり左衛門さんコメントありがとうございます♪
>一瞬の線香花火よりは、ズブズブと燃え続ける蚊取り線香の方向で!
その方向で無理せずボチっとやっていこうと思います!
2008-04-23 水 20:32:15 |
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ひろゆき #- [ 編集]




